ハイパーネットワーク別府湾会議(以下、別府湾会議)は、ハイパーネットワーク社会研究所が設立された1993年以前の1990年から隔年開催で開催されてきた国際会議で、今回の開催で第18回を数えます。今回は、ハイパーネットワーク社会研究所設立30周年記念もかねて、2024年2月27日、28日にホテル日航大分オアシスタワーで実施され、会場参加に加えて、オンライン参加を含めると延べ500名以上が参加しました。
さて、学校教育における情報化は2019年の「学校教育の情報化の推進に関する法律」に基づき「学校教育情報化推進計画」が各自治体や各学校で策定されるなど、政策面でも多くの進展が見られるようになってきました。こうした計画や施策の動向を捉え、より効果的な教育活動を展開するうえで、各分野の先端情報にふれることや利活用のあり方などの議論を行なうことは非常に重要となります。今回は、先端技術であり、かつ、実用化が進む「生成AI」と「量子コンピュータ」がもたらす社会の変化とその可能性、そして、検討すべき課題などを中心に、当日の様子を簡単にご紹介します。
今回の別府湾会議では、DAY1は生成AIを、DAY2は量子コンピュータをテーマに、講演やラウンドテーブルディスカッションが行なわれました。
以下では、各セッションの概要をご紹介します。
詳細な内容等にご関心がありましたら、是非、ハイパーネットワーク社会研究所までお問い合わせください。報告書等、ご案内させていただきます。
1:社会の現状と変化の方向性
まず、各技術がもたらす社会の変化について、デイビッド・ファーバー氏、公文俊平氏の講演を取りあげます。以下は講演の抜粋です。
【DAY1_セッション1】
招待講演「サイバー文明 : コンピューター、ネットワーキング、そして社会」
デイビッド・ファーバー氏
慶應義塾大学 政策・メディア研究科特別招聘教授(国際)
慶應義塾大学KGRIサイバー文明研究
大分が育んだ“先駆的なコミュニティネットワーク”の意義
1985年に軍事技術として開発されたARPANETと、米国科学財団(NSF)が整備していたCSNETをつなげ、日本や韓国の学術ネットワークとの接続などに取り組んで以来、インターネットの世界は広がり続けてきた。そのなかでも、“大分”で構築されていた、ネットワークは世界的にも非常に先駆的なコミュニティネットワークとして機能してきており、当時から評価が高かった。今では、インターネットは生活に欠かせない重要なインフラになった。これからの社会を考えるうえで、重要な技術は、①AI、②量子ネットワーク、③インターネットセキュリティの3つだ
AIはまだSFの世界から出ていない
AIに関する研究は非常に古く、ベル研究所に在籍した1950~60年代から取り組まれており、いくつかのブームを経て、展開が進んできた。当時は、人間の脳の働きを復元することに着目しており、研究としては“賭け”な要素の大きいものだった。今でも、現実世界でのAI活用は非常に難しく、まだまだSFの世界から出ていない。
私としては、ニューラルネットワーク、翻訳モデル、大規模言語モデル(Large Language Models:LLM)は、アドバンスドコンピューターシステムと呼ぶべきもので、AIとは言いたくない。その意味でも、AIは初期段階にあり、規制をはじめる段階ではない。そのため、昨今の世界的なAIに対する規制の在り方を非常に危惧している。法律家や企業に任せるのではなく、市民一人一人が自分で考えて対応していくことがなにより大切だ。
分断されたネットワークがもたらす課題と危機
セキュリティは技術と社会の問題の大きく2つに分けられ、いずれも困難な課題や問題になっている。基本的な問題として、常にアップデートが続いているソフトウェアの世界は安全ではない。そのうえで、安心なコンピューターを作ることができても、その製品が売れなければ意味がない。今後、非常に重大な困難や事故などが起きることが予見されるが、実際に起きたとしても、セキュリティの費用負担や投資の重要性を理解出来ないかもしれない。世界には、いろいろな規制やルールがあるが、ネットワークはマネジメントが可能かといえば、その回答に窮する。そして、意図的に分断されたネットワークが構築される可能性が高く、これまで以上に世界が厳しい局面に突入するかもしれない。これは、インターネットが普及したからこその社会課題のように思うかもしれないが、存在しなかったとしても同じ展開になっていた可能性は十分にある。
基調講演
公文俊平氏
多摩大学情報社会学研究所 所長
2030年頃が大きな転換点に
文明には、出現、突破、成熟の3局面があり、これまで、国家化、産業化、情報化が同時展開されながら、近代化が進んできた。日本の場合は、約60年周期で進んで来ており、20世紀の後半から情報化が始まったが、次の世界の動きを考えると2030年位が1つの大きな転換点になると考えている。
そのうえで、「半導体」が世界のキーワードになると考えており、日本も半導体戦争に再度参戦する動きが活発化している。同時にドローンの利活用も重要で、AIによってその重要度が高まった。すでに起き始めているが、将来的にはドローンによる無人戦争が主たる戦争の方法になる可能性もある。
日本は、軍事化や産業化を短期間で達成し、情報化も初期段階では世界で一番早かった。“情報社会”という言葉が最初に普及したのも日本だ。しかし、慢心してしまい、世界から取り残されてしまった。この遅れを取り戻そうとしているが、上手くいっていないのが現状だ。
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学習支援を行なう上で、当該のコミュニティがもつ背景を知ることは極めて重要です。大分県はこれまで、知事をはじめとする行政の強いリーダーシップや市民による草の根的な活動により、日本国内でも数少ない情報化や情報技術の活用に対して「先駆的なコミュニティネットワーク」が構築されてきました。そのため、コミュニティの構成員が認識しているかどうかに関わらず、こうした特殊性を十分に理解したうえで、活動を展開することが求められると思います。そして、情報技術が社会を変える大きな力を持つ技術だからこそ、利活用の方法が重要であり、支援するコミュニティとしても議論を続けることも大切です。ぜひ、自分自身がどのように情報社会を捉えているのか、言語化してみてください。
2:先端技術の可能性と限界
次に、今回の別府湾会議で取りあげられた、「生成AI」と「量子コンピュータ」について、講演とラウンドテーブルディスカッションの様子を紹介します。なお、ラウンドテーブルディスカッションでは、パネリストによる話題提供をいただいた後、会場を含め、全体でのディスカッションを行ないました。以下では、各講演などの話題提供に絞ってご紹介します。
<A:総論>
【DAY1_セッション2】
講演「The Feature of Computing」
森本典繁氏
日本アイ・ビー・エム株式会社副社長執行役員
最高技術責任者兼研究開発担当
生成AIは人類最後のAIにはなり得ない
テクノロジーの進化は半導体の進化と連動しており、AIの進化はデータ量と計算機能力の進化と連動してきた。そのなかで、企業のリーダーが考慮すべきポイントは、①自分達の持つデータを管理して成長させることによる差別化と競争力、②どのように変わらないものを維持するかという視点での活用方法、そして③信頼性の3つだ。
これまでの技術進化はムーアの法則が成立してきたが、2010年以降は複雑度が高まり、半導体単体ではなく、使用する台数を増やす形で対応してきた。微細化そのものは限界に近づいており、3D構造化やGPUの活用、AIプロセッサの開発など多面的なアプローチを展開している。こうした技術の進化を俯瞰すると約10年ごとにマシンの進化が見られており、その点からも生成AIは人類最後のAIにはなり得ないと考えている。また、エネルギー(電力)の課題も重要だ。AIの学習には非常に大きなエネルギーが必要になり、2030年には従来の15倍、2050年には2500倍ものエネルギーが必要なるとの推計もある。
新しい技術に対応出来る未来の人材を育てる
量子コンピューターに取り組む企業は世界に300社以上あるが、IBMが保有している量子コンピューターは全部で25台あり、そのうち、2台のみがドイツと日本にそれぞれ設置されている。これは安全保障上の問題によるもので、先端技術のため、本社のある米国以外に設置することが極めて困難なためである。こうした状況の中、現在、理化学研究所に2台目の量子コンピューターの設置計画を進めており、この分野での日本の重要性は非常に高いと捉えている。
ある意味では、量子コンピューターを取り巻く環境は、1960年代のコンピューターを取り巻く環境と非常によく似ている。だからこそ、こうした新しい技術に対応出来る未来の人材をしっかりと育てていくことが大切だ。
【DAY2_セッション1】
講演「量子コンピュータの最新動向」
湊雄一郎氏
blueqat株式会社 代表取締役社長
多様な計算ができる“量子コンピュータ”
blueqat株式会社はGPUを使った量子コンピュータの計算に強みがあり、GPU量子エコシステムを持つ、唯一の日本企業だ。量子コンピュータを考えるうえで重要な転機は「量子超越性」の発表(2019年10月23日)で、スーパーコンピューターで1万円かかるところが、200秒で計算できることが発表され、世界的に開発競争が過熱した。
まず、「量子」とは、小さいエネルギーや物質の総称で、量子力学の概念が物理法則として適用されている。従来のコンピュータとの大きな違いはビットだ。量子コンピュータのものを量子ビット、従来のものを古典ビットとすると、古典ビットは“0”と“1”のデジタル環境だが、量子ビットではこれらの“0”と“1”に加えて、その間の世界もある。そのため、曖昧なままで計算ができる“重ね合わせ”や複数の量子ビットを活用した“量子もつれ”など、これまでは出来なかった多様な計算が可能になった。
いままでの技術を捨てて変わるしかない
実用化が期待出来る量子コンピュータは、超伝導型、イオントラップ型、中性原子型、シリコン量子(半導体量子)型、光量子型の大きく5つで、市場規模も現在は約7500億円だが、将来的には100兆円規模になることが見込まれている。
量子コンピュータは計算原理が異なるため、従来のコンピュータのアプリケーション、ソフトウェアは流用できない。そのため、すべて作り直しが必要だ。量子コンピュータでの計算はある種“楽譜”のようなイメージを持ってもらえると分かりやすいが、プログラミングそのものは、現時点の技術では非常に難しい。また、中高生向けの指導や資格化にむけた講座の運営を始めている。作成した教材は中高生向けだが、実は、小中学生のレベルでもできることは非常に多い。
量子コンピュータを普及していくためには、いままでの技術を捨てて、新しい技術を取り入れて変わっていくしかない。今後の展望として、アメリカと日本が2強になる可能性も十分秘めた分野ともいえる。
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AIや量子コンピュータなどの先端技術は児童・生徒の興味関心を高めるうえで非常に有効なトピックであり、先端技術の導入を念頭とした基盤整備が必要不可欠です。技術そのものを理解することは非常に高いハードルがありますが、求められるのは理解することではなく、その動向や求められる倫理や哲学について触れ、その面白さや課題を伝えていくことが重要です。技術は常に進歩していますので、自分自身の知識や技術の棚卸しや学び直しなど定期的な学習習慣を持つことを意識すると学びの成果が実践に活用しやすくなります。
<C:ラウンドテーブルディスカッション>
こちらの詳細は、是非、ハイパーネットワーク社会研究所までお問い合わせください。報告書等、ご案内させていただきます。
【DAY1_セッション3】
ラウンドテーブルディスカッション「生成AIを活用した企業が進むべき方向性とその倫理」
=パネリスト=
平和博氏 桜美林大学リベラルアーツ学群教授
橋本大也氏 デジタルハリウッド大学教授メディアライブラリー館長
木下真吾氏 NTT執行役員 研究企画部門長
服部桂氏 ジャーナリスト
=コーディネーター=
原田美織氏 (公財)ハイパーネットワーク社会研究所 主任研究員
【DAY2_セッション2】
ラウンドテーブルディスカッション
=パネリスト=
白根昌之氏 日本電気株式会社 セキュアシステムプラットフォーム研究所 ディレクター
寺部雅能氏 デロイト トーマツ コンサルティング
松岡智代氏 株式会社QunaSys COO
村上憲郎氏 (公財)ハイパーネットワーク社会研究所 理事長
=モデレーター=
青木栄二氏 (公財)ハイパーネットワーク社会研究所 所長
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今回は、別府湾会議の議論の様子について紹介しました。学びを支援するには、支援者自身が学び続ける姿勢を持つことが極めて大切です。最後に、DAY2のラウンドテーブルディスカッションにご登壇された、村上憲郎理事長がご紹介された書籍を紹介いたします。是非、お手にとっていただき、先端技術に触れる機会を作る習慣を作ってみて頂けると幸いです。
<<村上憲郎理事長の推薦書籍>>
書籍①
村上憲郎(2021)『クオンタム思考』日経BP
書籍②
村上憲郎(2022)『量子コンピュータを理解するための量子力学「超」入門』悟空出版
【以上】
ハイパー研共同研究員 黒田 友貴